下照姫命

倭文神社の主祭神は近年まで下照姫命とされていました。下照姫命は大国主命の娘として生まれました。農業や医療の技術に長けており、大国主命と力を合わせて出雲の国づくりに励みました。そんなおり、天照大神は天稚彦という神を遣わし出雲の国譲りを要求しました。ところが天稚彦は下照姫命と恋に落ち、復命することはありませんでした。しかし下照姫命と天稚彦との幸せな日々は続かず、天稚彦は天照大神から遣わされたキジを射殺したことが原因で、天照大神により射殺されてしまいました。下照姫命は夫の死、国譲りによる出雲との別離などを乗り越え、一匹の海亀によりここ伯耆国宇野の海岸に導かれました。そのまま現社地に住を定め、当地で死去するまで安産の指導、農業開発、医療普及等に努めたとされています。氏子である宮内に住む人々は下照姫命の従者の祖先だとされており、さらに周辺にある亀石、宮戸弁天、出雲山といった場所は縁の深い地である、とされております。

出雲山

神社から少し離れたところに出雲山はあります。この地にやってきた下照姫命が故郷である出雲の方をこの山から眺めていたといわれています。現在では展望台となっております。

 

宮戸弁天

出雲山のふもとに宮戸弁天と呼ばれる神社がございます。下照姫命が釣りを嗜んだ場所とされています。